角田光代さんの旅の基本姿勢は脱力系である。
どこそこへいこう、と思うとき、だから私はなんにも決めずに旅立っていた。この町にあるこの博物館にいきたい、とか、この海沿いの町にいきたい、とか、そういった目的をなにひとつ持たずぽんとどこかにいく。そこで未知のだれかに会うのをただ待つだけでいい。
脱力しているからか、人を惹きつける独特の空気感があるからか、理由はわからないが、なぜか旅した土地のあちこちで面白いことが次々に起こる。どうでもいいことにとらわれず、面白そうだと思ったらとにかく行ってみる、やってみる積極性があることは重要な感じがするが、それにしてもどうすればこんなふうに旅ができるんだろうかと思わせる旅日誌である。
脱力系でありながら、毎章にひとつは大抵人生訓のようなものも書いてある。
親切なだれかがどこかへ連れていってくれるのを待っていたってどうしようもない、先に何があるのかわからなくても、それがどんなにみみっちいことでも、自分ひとりで動き出さなきゃいけないときは少なからずある。それでも心配することはない、途方に暮れたとき周囲を見渡せば、自分に向かって差し出されたてのひらが必ずある。あの旅とそっくり同じようなことを、ごくふつうの日々で私が知っていくのは、三十歳をすぎてからだった。
こういった部分を読んでいる最中はうんうんとうなずきながら心に留めておこうと感じるくらいに金言ではあるのだが、なにか軽快さがあって、自分の思いたいときに思いたいことを思っている、書いているだけといった変な無責任感がある。その感じがちょっと普段は感じることのない心地よさをもたらす。
自分はせっかくなら世界中を見てまわりたいと思うが、いい旅日誌を読むとその土地に行かずともすこし満足してしまうものでもある。そんな本である。でもいつかヘミングウェイとかを現地で読みながら過ごしてみたいというのは本当に心から思う。ドストエフスキーを読みながらモスクワとかね。